各国の法律は属地主義であり、基本的に、その国の法律はその国にしか及ばない。これが、各国法制の基本であり、全ての法制度はこれを前提に成立している。従って、各国の民法は各国の人々の生活を法規制し、各国の憲法はその国の国民の人権を守り、統治機構を規定し、維持する。国際的な知的財産は、領土の原則を越えている
これに対し、知的財産権法は非常に国際色が強く、属地主義を超えている面が多々ある。例えば、特許法は発明の本質から「世界公知主義」を各国共に採用することから、新規性、進歩性、発明非容易性に関しては、世界的な情報を基礎に特許性の判断を行うこととしている。
即ち、ある国で特許するか否かに関し、他国の事情も考慮し、発明が世界的に新しいか否か、を審査では判断することを基本としている。これは厳密に言えば属地主義を超えている。
本来、特許法は産業立法であり、その国の産業の発達を企図する法律であるから、非常にナショナリズム色の強い法律のはずであるが、発明の本質から「国際的に新しいアイデアであるのか否か」を審査で判断することとなっている。
現在、全ての国の特許法で世界公知主義が採用されていることから当然の事態となっている。この事情は意匠法でも同様であり、かつ商標法でも、国際的に著名な標章に関しては自国での同一又は類似の商標の登録を禁止している。
しかしながら、各国特許庁の審査において「世界公知主義」の理念を徹底するためにクリアすべき問題としては、先ず、言語障壁による審査の限界性の問題がある。さらに、技術的な問題として、審査資料となる外国公知文献のデータベース化の問題がある。
私自身が、弁理士として業務してきたこの数十年間を振り返ってみると、今から20年ほど前には、日本特許庁の特許審査において、拒絶証拠として外国文献が指摘されることはほとんどなかった。しかしながら、現在では機械翻訳技術の進歩により、特許庁の審査対象には英語特許文献のみならず、中国特許文献も指摘されることが度々あり、また、ドイツ語の特許文献も指摘されるようになっている。
各国特許庁における機械翻訳の普及に関しては、各国毎の事情があると思われるが、日本特許庁は機械翻訳技術に関し非常に自信を持っているように思える。
特に、この数年間の印象では、日本特許庁の特許拒絶文献として米国特許公報は頻繁に指摘され、また、中国特許文献も同様によく指摘されている。しかしながら、韓国特許文献が拒絶引用文献として指摘された記憶はない。また、欧州諸国、その他のアジア諸国の特許文献も同様である。
また。特許文献のデータベース化に関しては、各国特許庁の審査データベースの共通化、共有化が進んでおり、5大特許庁(日本、米国、EPO、中国、韓国)の間、さらに3極特許庁(日本、米国、EPO)の間ではかなりのレベルまで特許文献の共有化を含め審査情報の共有が進んでいる。3極特許庁会合、5大特許庁会合での議題にはほぼ必ず「各国審査の情報共有」の問題は挙げられている。
実際に各国の特許文献を含む特許情報が最も充実して蓄積されているのは、WIPOのPATENT SCOPE及びEPOのESPACENETである。これらのデータベースは日々の実務では非常に便利に利用させていただいている。
但し、このように審査の国際化が進んでも、各国特許庁の審査能力の限界は当然にあり、本当に世界的に新しいか否か、の検討までは日々の審査の中では不可能である。従って、本当の世界公知主義は、異議、無効審判、訴訟での無効主張において担保されている、ということができる、国際的な知的財産は、領土の原則を越えている