「人はミスをする動物である」というのはアインシュタインの言葉である。日本特許庁「権利救済」に関する思考が欧米並みになったと言える.
産業財産権に関する対特許庁手続は、いずれの国でも非常に厳格に手続期限が定められている。特に、日本特許庁には近年まで「権利者側の事情があって失効した権利の回復」、「手続期限の申請による延長」などという概念はなかった。現在、一応、この種の制度が設けらているが、全世界の特許庁の中でも、「権利の救済」、「手続期限の延長」に関し、最も厳しいと思われるのは日本特許庁である。
例えば、特許における拒絶応答期間は日本が最も短い。
即ち、国内出願の場合には、拒絶理由通知の発送日から60日以内(法定応答期間)である。近年、この期間を2か月(60日)のみ延長できるようになったが、それでも全体として120日のみであり、米国、欧州等を含む、一般の各国の拒絶応答期間の6か月(180日)よりもはるかに短い。
従って、日本の弁理士は、世界で最も厳しいタイムプレッシャーの中で仕事をしていることになる。
なお、外内出願に関する応答期間は、法定の拒絶応答期間3ヶ月、延長期間3ヶ月の合計6か月が認められていることから、日本国内出願の場合に比して、内外人不平等の事態が発生している。
また、年金の未納付、新請求期限の徒過、拒絶応答期限、審判請求期限の徒過等の事態による出願の消滅に関する救済については、近年やっと、PLT(特許法条約)加盟に基づく法改正により、「相当な注意をしていたが権利を喪失した」という場合には、2月以内にその立証を行って手続をすれば権利、出願の復活が認められる」という救済措置が成立している。
但し、「相当の注意を払っていたか否か」の判断が非常に厳格で、救済率は10~20%であり、
他国に比して非常に厳しい状況であった。
EPOにおけるFurther Processing、USPTOにおけるUnintentionalを理由とする権利の復活(料金を支払えば自動的に権利の復活が認められる体制)には遠く及ばない状態である。日本特許庁の場合、権利復活に関してはなお、認定が非常に厳しいのが現状である。この点は、過去、私自身の案件での事故が起こった際に、救済を申請したが容認されず非常に残念な想いをいたことがある。
さらに言えば、日本特許庁の手続では、PLT加盟に至るまで、拒絶応答期間は30日のみであり、延長は全く容認されていなかった。外国の「権利の救済」、「応答期限の延長」制度を知るにつれ、「なぜ日本だけこんなに厳しいのか」と思っていた。
このように日本特許庁が「権利の復活」、「手続の救済」を容認することに非常に厳しくしていたことの理由が不明である。権利失効の事態を救済することは、ユーザーフレンドリーであっても、そのことにより他人が直接に困る事態は考えられない。従って、私権と公益のバランスの観点からも理由が分からない。
以前、まだ「権利救済」が全く認められていない時に、日本弁理士会の国際活動センターという国際問題を扱う委員会で活動していた際、PLTの議論が進行していたことから、特許庁総務課の方々とこの問題に関し意見交換を行ったことがある。
その際に、冒頭、特許庁総務課の加重が「そもそも、なぜ我々が、弁理士先生のミスを救済しなければならないのでしょうか」と発言したことがある。その際に、私自身がWIPOで行われていたPLTの国際会議に出席しており、会議場の、「不注意により失効した権利の救済」、「不注意又は対応できない事情による期限徒過の場合の救済」はユーザーフレンドり-の観点から当然に認められるべきである」という雰囲気との大きなギャップに驚いたものである。
また、弁理士会代表として一緒にWIPOのPLT国際会議へ出席していた私の先輩弁理士は、元特許庁の審判官であるが、退職して特許事務所に勤務されており、特許庁の審判官時代は分からなかった、特許事務所が期限に追われながら仕事をしている状況を初めて知り、
「権利の救済、期限の延長制度はぜひとも認められるべきである」と言っていた。
お役所側は、民間の事情、特許事務所の、タイムプレッシャーに追われながら多数の案件を処理している現場の事情を知らないからの発言である。この観点からいえば、日本特許庁は席で一番、出願人、権利者に厳しいお役所である、といえる。
なお、日本では法改正があり、上記の権利の回復の条件を緩和することとなった、この改正は2021年5月に成立しており、2022年から施行されている。現在の制度では全く救済されない、という批判に応えるものであり、やっと、日本特許庁の「権利復活」、「権利救済」に関する思考が欧米並みになったと言える。
やっと、日本特許庁「権利救済」に関する思考が欧米並みになったと言える