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特許ハーモナイゼーションの歴史 (3) Patent Cooperation Treaty(PCT)「特許協力条約 (2)「PCT国際調査制度」(2)

PCTには「国際調査制度」がある(PCT15条)。国際調査に関しては、WIPOのPCT関連会合でも様々な問題が提起され、かつ、個人的にもかつて大きな問題に直面したことがある。

Patent Cooperation Treaty(PCT)「特許協力条約 (2)「PCT国際調査制度」(2)

PCTには「国際調査制度」がある(PCT15条)。国際調査に関しては、WIPOのPCT関連会合でも様々な問題が提起され、かつ、個人的にもかつて大きな問題に直面したことがある。

「国際調査制度」とは、要するに、PCT発効前には各国別で行っていた特許出願に関する調査を世界レベルで統一的に行おうとしたものである。本来、「PCT出願」とは、概念的には「出願の束」と言われており、多数国への出願がひとまとめになったものであるから、

PCT制度の理念達成の一つである「各国審査庁の負担軽減」のためには、一つのPCT出願に対する国際的な観点からの単一の調査を行うことが論理的である。

従って、PCT創設時の段階では、「単一の国際調査機関」(aSearch Authority)が単一の調査を行うことを目指していた。従って、PCT制度下においては、世界のいずれかの都市に「世界統一国際調査機関」が設立されることを予定していた。これが実現すれば、単一の国際的出願に対して単一の国際的調査がなされることになり、PCT理念上は整合性がとれる。

しかしながら、調査資料の問題、言語の問題、調査機関の調査能力の問題等があることが判明し、その結果、各国特許庁に国際調査を分担してもらうこととなった。これが現在の「国際調査制度」の実態であり、現在、国際調査を行う業務能力のある複数の特許庁が「国際調査機関」となっている。従って、現在の国際調査の姿は、PCTの当初の理念とはややかけ離れた「合理的な妥協案」である。但し、現在の国際調査に伴う問題点は、全てここから始まっている。

例えば、私自身の30年以上前の経験であるが、顧客の依頼に基づきPCT出願を日本特許庁を受理官庁として行った。国際調査機関は日本特許庁である。その国際調査報告には、「A」(単なる関連技術を示す文献としての表記)のみが記載され、X(単一で新規性、進歩性が内と評価される文献)Y(複数の文献で新規性、進歩性が内と評価される文献)は記載がなかったため、出願人の希望する指定国である欧州特許庁(EPO)へ国内係属手続を行った。しかしながら、EPOの調査において新規性がないことを示す欧州の特許文献が指摘され、当然に「国際調査の結果では問題はないのではなかったのか」という指摘を受け、自分自身も理由が分からず、当時、顧客への説明に非常に苦労した。結果的に、この事案では最も切実に権利化を希望する欧州では権利化を断念せざるを得なくなったものである。

当時、私自身、本来「国際調査は国際的な観点からの調査を行い、出願人は国際調査の結果を参照して国内係属すべきか否か、の判断を行う」ものと理解していたことから、この体験はその後も、PCTに関わる際に「疑問点」、「課題」として私の中に残った。そして、この問題こそが、その後、WIPOにおける「PCTリフォーム会合」等の会合において議題となる「国際調査の問題点」そのものであった。

上記の事態こそが、その時点での、そして現在もなお完全には解決されていない「国際調査の限界性」である。これは簡単に言えば、「国際調査の理念と現実との間の乖離」により起きている問題である。

上記のような「国際調査報告の、新規性・進歩性に問題はない、という結果を信じて国内係属したが、その後の国内段階の審査又は調査で、新規性又は進歩性を否定する先行特許文献が審査又は調査で発見され、結果的に特許化できなかった」という問題点は、当時(20年~30年前)、私のみならず各国の弁理士の間で聞かれた問題であり、各国の会合で話題となり、その結果、WIPOにおける様々な「PCT会合」において議題として成立し、徐々に制度の改良がなされつつある問題である。

この原因は、一言でいえば、「特許の本来的資質である国際性と、現実の各国法体制の属地性との間で起きる問題」である。即ち、本来、発明品は各国間で流通し、多数国で特許を取得する場合が多い、という国際性を有ししていうるので、本来的には、「各国特許制度を統一化した世界特許制度」が条約等で成立することが理念的には望ましい。即ち、「世界特許庁がいずれかの国に存在し、単一の審査機関が審査し、単一の世界特許が成立し、その権利は世界全体に及ぶ」という体制が特許には適している。

しかしながら、各国法体制は属地主義下にあることから、このような世界特許システムは現実には実現不可能である。その妥協の結果が、現在の「PCT制度」であり、かつ、「特許ハーモナイゼーション」の考え方である。いずれも「属地主義を前提とした国際化」という理念である。

さらにかみ砕いていえば、特許情報の各国共通化の技術的課題がなお存在している。

即ち、各国特許文献は各国言語により成立しており、各国特許庁の審査官が全てを判読できるわけではない。また、審査において必要とされる各国言語の障壁の問題(各国審査官の使用言語能力の問題)もある。審査官が同時に処理できる特許情報量の問題があり、なせかなか「国際的な調査」を行えず、結果的に、PCT出願の受理官庁を兼ねる国際調査機関としての各国国特許庁は自国の特許文献を優先的に審査し、かつ、世界で最も多い英語特許文献、及びその他の言語で調査可能な特許文献を調査することにより国際調査報告書を作成している可能性が高い。

現在、PCT出願制度は、出願時に権利化希して全PCT加盟国(150ヵ国)を指定する「全指定」制度を採っていることから、審査側も「いずれの国での権利化を希望するか」は出願段階では全く分からない点も関連している。従って、権利化を希望する指定国に合わせた国際調査を行うことも不可能である。

WIPOにおける各種「PCT会合」では、特に「国際調査の質の向上」が継続して議題となり、その結果、現在のような、非常に精緻な構造の国際調査制度に改正されてきている。

即ち、いわゆる「国際調査報告書」のみならぜいず、「国際調査報告見解書」も発行され、担当審査官が「発明の新規性及び進歩性に関しどのような見解を持っているか」を詳細に記載することとしている。以前のプラクティスでは、単に、X、Y、Aのランクに従って先行関連文献をを指摘するだけであったことから比較すれば非常にユーザーフレンドリーになっている。これもWIPOにおけるPCT改正に関する各国代表による議論の結果とである。

従って、現在、国際調査制度は非常に精緻になってきており、国際予備審査制度(PCT31条)と実質的に同様の内容を有するようになってきており、PCT制度全体の整合性としては、国際予備審査制度と併存することの意義も問われるようになっている。

また、従来、特許庁側のPCT実務として、国際調査の質は向上した場合であっても、例えば、日本特許庁が国際調査を行い、その後、その結果を前提に日本に国内係属した場合であっても、国際調査を担当した審査官と国内審査を担当する審査官は別であった。

その結果、国際調査で指摘された特許文献は参考にされる程度で、担当審査官が、最初から審査をやり直しており、結果的に、国際調査における結果とは別個の審査結果が出てくることも多かった。これはPCT制度の本来の主旨に反する実務であった。

その結果、このような審査の結果として、「国際調査の結果は国内係属後の審査にはあまり影響がなく、国際調査は余り意味がないない」という不信感を植え付ける基になっていた。

しかしながら、現在、日本特許庁の現在の実務では、国際調査を行った審査官が、当該案件が国内係属した場合の国内審査をも担当するようになってきており、国際調査で指摘された特許文献に基づき、また、国際調査報告に記載された内容での拒絶通知が出されるという実務に変わってきている。

PCT制度は、大企業、中小企業を問わず、非常に多くの出願人に利用されており、現在、なお利用率は上昇しており、一般的な海外での特許取得の手続となっている。

しかしながら、本質的には、理想と現実とのはざまで、なお課題を抱えており、制度改正されてきているとはいえ、我々代理人側では誤りのないように出願人を良好なっ結果に導き、クライアントに対してPCT制度に対する不信感を抱かせないようにする必要がある、そのためには、我々代理人が、PCT制度の本質と、現在のPCT制度が抱える問題点をよく認識しておく必要がある。

リソース

以上

By Takaaki Kimura

Managing Partner and Patent Attorney with over thirty-five years of IP law experience.